2004年01月15日

日本空手道数見道場、始動

Date: 2003-05-21 (Wed)

今日のオススメ曲「ピンク・レディーのDO YOUR BEST」

 昨年11月に退団を表明した空手家・数見肇が、「日本空手道数見道場」として独立しスタートを切った。現在、本部長、師範代、指導員を含めフロントスタッフは7名。5ヶ所の道場で鍛錬する門下生はおよそ800名といわれている。しかし当人は、指導と己の超人追求の路を歩むため、試合には出ない意向を持っている。
 
 アマチュア界の勝負論とは、必ず勝つこと。負けて感動を与えるほど観衆は飢えていない。ドロドロとしたしがらみがなく、白黒がわかりやすい勝ち負けがアマチュアのいいところである。ゆえに、魅せられたいファンはプロ興行に走るのが当然であり、逆に競技性がほしいのなら、アマチュア競技に勝るものはない。
 そのアマチュア界、空手界の頂点に立った数見が、もう試合には出ないと決意した。年齢的にも現役として再度頂点を極めるのは至難のワザである。しかし道場経営、指導、自信の鍛錬を乗り越えて試合に出て勝つからこそ、生きた伝説になるでのはないか、と思う。
 現在、空手界の頂点を決定する大会は、やはり極真の世界大会だろう。フリーの選手がそれに出場することはまず無理である。ということは、極真を退団した以上、数見が世界の頂点を獲ることは不可能に近い。
 オープン戦という道もあるが、オープン戦に各団体のトップが出てきた試しもない。
 
 そして、数見が道場で目指す領域とは、「空手はルールに縛られているので、掴みや投げも稽古方法に導入する」ことらしい。
 「掴みや投げ」は柔道の域である。ここに絞めることも加われば、柔術にも相当する。
 ところが、数見にはそれら他流他武道の心得がない。今から修得したものを彼なりのフィルターを通して門下生に指導したとしても、それには時間が掛かりすぎる。
 では、数見が必要とする「掴みや投げ」とは、どの程度のものなのかを思考してみたい。
 まず、空手は格闘技であるが、護身術であることを忘れてはならない。道で絡まれたとき、変質者に遭遇した際に、一人で身を防御できるための術。しかし防御だけを考えれば、相手に捕まれた状態で投げを打つ柔道で充分である。空手は先手必勝ではないものの、一撃必殺ではある。打撃で応戦すれば、相手も怯み、逃げることもあるだろう。
 それを捕まれた状態で掴んで投げる。この行為で相手の体勢を崩せられれば、相手の攻撃を半減できる。そして、その攻めを交わせられれば、空手が打撃一辺倒の攻防から、もう一歩進化した護身術となる。
 だが、投げたあとに、極める必要はない。投げて極めるのは他武術に任せるとして、空手家として賄える程度の柔道的攻めの技術を導入するのだろう。いわゆる総合空手へと変貌するということなのだ。
 
 数見はいままでの価値観を捨ててやっていくと述べているが、全日本チャンピオンにもなったものが、極真から得た価値観を捨てられるわけもなく、門下生もそんな数見を見たくない。見たいのは、今までの数見に新概念がプラスαされた姿である。よって、今後彼がどのような動きをみせるのか、注目に値する。

Posted by DODGE at 2004年01月15日 18:33 in 2003.5〜8月