W.B.S.第5戦

 人はつねに崇拝できる“何か”の出現を待ち望んでいる。フランスでどうしても届かなかったワールドカップでの勝利。そのサッカー日本代表が昨年のワールドカップで連勝すると、国内にはトルシエ・コールがこだました。ピッチで活躍した選手も絶賛されたが、フランス人である監督までもが日本人の誇りのごとく賞賛を浴びた。胸を張って日本代表ファンであることを宣言できた。
 人は希望の光が消えたとき、その「何か」が現れることを期待し救いの手を求める。特にその「何か」が私たちと同じ人間であったならば、神のようにも思える。ヒーローの存在なしに、時代を超越することは難しい。
 たとえば、それがバス釣りトーナメントにおいて、どのように作用するか。タフな状況下でもビッグウエイトを持ち込むアングラーは、我らのヒーローと言ってもいい。ただし、英雄は観衆が作り出すのもではない。それは突然、自発的に誕生する。いつ生まれるのかさえ、予測がつかない。
 トルシエ監督は、勝てない日本代表を勝てるように成長させた。総合格闘家・桜庭和志はグレイシー一族の時代に終止符を打った。もし彼らがそのとき一歩を踏み出していなかったら、歴史は微動だにしなかっただろう。ただしヒーローの仕事は辛い。白熱したドラマを生むのもヒーローの仕事だからである。
 W.B.S.プロチーム・トーナメントに参戦する選手たちは、ここ数試合、カスミバスに連敗中であった。13年めにしてローウエイト・レコードが続出。上位常連アングラーたちでさえ、ノーフィッシュの仕打ちを受けた。だから、今大会の初日、鳥澤徹さんがビッグウエイト(7560g)をウエイインしたとき、それは我々バス釣りファンが長く待ち望んでいたヒーローが舞い降りた瞬間のように思えた。峯村光浩さんが2220gのビッグフィッシュを持ち上げた光景もまた、ヒーローが出現した瞬間だった。
 やはり、観衆が「どこにこんなビッグバスがいたのだろう!?」と驚愕し、そんなウエイトを持ち込むからこそ、ヒーローとして認められるのだ。ただし、今大会はツーデイズ・フォーマットで開催された。1日だけの活躍では決まらない。2日間のトータルで勝負は確定する。

  
  
 
  
 
  
 
 
 
  
 
  
 
  
 
  
 
   
 
狩野敦さん、逆転優勝で昨年の屈辱を返す
 
 W.B.S.プロチーム・トーナメント第5戦は、7月26〜27日の日程で競技された。最終戦をこの形式にすることは、1日だけの突発的なビッグウエイトで試合結果を決定するのではなく、あくまでも2日間の安定したウエイトを持ち込んだアングラーを掲げるためにある。“安定したウエイト=プロとしての力量が問われる大会”という図式が成り立つ。ツー・デイ形式ゆえに、初日で釣りきってしまわないようなペース配分をも考えなければならない。だが、そんな余裕など、どの選手にもあるはずがなかった。最終戦だからである。一心不乱に初日を通過し、最終日には悔いの残らない試合展開をする。それが最終戦の闘い方だ。
 そういった意味で、初日にトップウエイトを持ち帰った鳥沢さんは、2位の狩野敦さんに1740gの差をつけ、狩野さんの心理を大いに揺さぶった。独走状態で逃げ切る戦法は、タフなカスミ攻略にマッチしている。ただし、初日の勢いが失速しては鳥沢さんの優勝も水の泡と消滅する。ワンシーズンに2度の優勝……。これほどのチャンスは、W.B.S.をリードする鳥澤さんにさえめったに訪れるものではない。
 少なくとも上位入賞を継続することで、自分のエナジーへと連動させたい。前大会を制覇した荘司さんのように、若手が伸びるのは新時代幕開けのメッセージである。しかし、鳥澤さんをはじめとするベテランの勝利は、表彰式を一層華やかに見せるのも事実だ。
 
 観る者、参戦する者、すべてを黙らせた鳥澤さんの初日のビッグウエイト。今季2度めの勝利は目前にまで迫っていた。
 一方で、他のアングラーは鳥澤さんに一人勝ちさせるべきではない。デッドヒートを繰り返し、なおかつ誰かが2日めにビッグウエイトをウエイインできれば、試合として最高にドラマチックな結末が迎えられる。
 
 最終日、鳥澤さんは湖上で「4kgをウエイインできれば勝てると予測していた」とイメージしていた。「プラでは全然状況が読めなくて、結局いいエリアが見つからなかった。でも、逆に言えば、『プラで回ったエリアではバスが釣れない』というのもわかった。だから、実績のある場所を中心に本戦のパターンを組むことになったんだけど、それがいい結果に転んだ」と述べている。
 実績のあるエリアとは、従来の霞ヶ浦でシーズナル・パターンが成立していたエリアを示す。多くの状況変化が重複した現在の霞ヶ浦ではパターンを成立させにくいと、誰もが口にしている。ただし、今大会に限っては、西村嘉高さんも同様なことを語っていた。「(最終日は)自分がねらったところにルアーを通すと、バスが反応してくれた。パターンフィッシングが成り立っていて、楽しかった」。パターンの裏をかいて新パターンを発見するのも、霞ヶ浦を勝ち抜くためには必要なのだろうが、教科書通りのパターンを復習し実践することも、勝つためには外せないものだったのだ。 
 ところが、狩野さんもこのパターンを見つけていた。“ここぞ”という正念場で、彼らは自然の流れで実績のあるエリアへ船首を向けていた。唐突なパターンの変更。これも熟練選手が繰り出す、最高の場面での最高のワザである。
 
 前述したように、最終日、鳥澤さんにとって4000gをウエイインすることが1つの目標だった。初日のアベレージ・ウエイトは2475g。それでも鳥澤さんは「4kgをウエイインするのは簡単なことじゃない」と語った。
 狩野さんは、初日に5820gをウエイイン。鳥澤さんに大差をつけられるも、「明日も同じ釣りをするだけやし、やれることをやるだけ」と意外にも落ち着いた雰囲気だった。やはり、追われる者より追う者の心境の方が精神的にリラックスできるのだろうか。
 だが、狩野さんには苦い思い出がある。昨シーズン最終戦、7尾のバスをウエイインするも、1尾のデッドフィッシュを出した。それでもトップの成績を途中までは保っていた……鳥澤さんがウエイインするまでは。鳥澤さんは5720gを持ち込む。本人も負けたと思っていたらしい。ところが、狩野さんは1尾のデッドのペナルティーを受け、5600gになっていた。逆転負けである。狩野さんは、今年の初日も7フィッシュ・6アライブと、奇しくも昨年とまったく同じ状況を味わっていた。
 2003年度第5戦最終日、狩野さんは5410gをウエイインする。このとき、狩野さんには昨年のデッドフィッシュのペナルティーが頭に浮かんだことだろう。今年もデッドフィッシュを出してしまった。「わずかマイナス200gのペナルティーが今年も俺を2位に終わらせるのか……」。なんとも言えない気持ちが心中を渦巻いていた。結果を知る怖さからか、狩野さんはマイボートから離れず、オフィシャルの結果が発表されるのを待った。
 しかしドラマは、狩野さんが逆転優勝することで最高潮を迎えた。彼も鳥澤さんが4000gを持ち込めば、また優勝をかっさらうのだろうとイメージしていたが、その上を行くために、最終日、狩野さんは連日5kgというビッグウエイトを持ち込み、鳥澤さんの猛攻をねじ伏せた。
 最初は相手にイイ思いをさせて光らせ、最後は自分がイイ思いをして自らも光って制覇する。この勝利の方程式は、独走態勢で勝利を得たときよりさらに選手を輝かせる。バス釣りの神様は、狩野さんに舞い降りた。狩野さんは、昨年の鳥澤さんによる逆転敗退を覆す、鳥澤さんからの逆転優勝を成し遂げた。
 狩野さんは開口一番「(逆転優勝は)気持ちイイですねぇ」と語った。ただし、狩野さんの場合、これが嫌味に聞こえない。それはあの後輩思いの性格と関西出身者ならではのユーモアがあるからだ。
 どちらが優勝したにせよ、彼らの2003年度シーズンは、順風満帆ではなかった。鳥澤さんは第1戦から29位(ノーフィッシュ)、1位、25位、18位、2位。狩野さんは3位、6位、36位、不出場、1位。両者ともにシリーズ中に優勝はしているものの、ともに1試合ずつゼロの成績を残している。来季はどのような試合展開を見せてくれるのだろうか。
  
  
峯村光浩さん、アングラー・オブ・ザ・イヤーを獲得
クラシック出場者決定


 今季、破竹の勢力を見せたのは峯村光浩さんである。彼は今シリーズ第1戦から5位、3位、3位、19位、3位と素晴らしい成績を残し、2003年度アングラー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。1999年度にも年間優勝を経験しており、これで2度めの制覇となった。
 今季はこれで全戦を終了し、W.B.S.プロクラシック・クオリファイアーが決定。年間順位枠から峯村光浩さん、蛯原英夫さん、鳥澤徹さん、狩野敦さん、山田貴之さん、宮本英彦さん、中嶋美直さん、市川好一さん、金光忠実さん、保延宏行さん、折本隆由さん、早乙女剛さん、草深幸範さん、スリー・デイズ枠から荻野貴生さん、松村寛さん、宮澤孝博さん、ノンボーター枠から安藤毅さん、橋本悟さん、大内学さん、ディフェンディング・チャンピオン枠から大藪厳太郎さんが出場する。本来22名で競技されるクラシックではあるが、年間順位内などが重なった場合、W.B.S.では繰り上げ選出がないため、今年は20名のクオリファイとなった。
 クラシックは2003年10月11〜12日の日程で開催される。12日には陸っぱり大会のグラチャンも同時開催される予定なので、カスミのヒーローたちの生き様を自らの目で確認してもらいたい。