第12回W.B.S.プロ・クラシック
2003年10月11〜12日


 我が国第2のビッグレイク・霞ヶ浦は、いまや日本屈指のタフ・レイクと変貌した。おもな要因としては、やはり急激なバスの減少が挙げられる。霞ヶ浦意見交換会で発表されたデータが示めすように、職漁者の網で捕獲されるバスの数は数年前の数十分の一で、漁獲高でいえば全体の数%にも満たない。特に霞ヶ浦本湖のバスは壊滅状態と思えるほどである。過酷なコンディションの下でのトーナメントはアングラーにとってタフなものだといえるだろう。その一方、競技としてはフィールドがタフであればあるほど、アングラーの技術やパターン、精神力が問われるともいえる。観戦する者は、このタフなコンディションをいかに克服するのかを知りたいし、それを自分の釣りのヒントにしたいと考えるはずだ。
 瀕死状態の霞ヶ浦は、まるで現状の日本経済のような状態で、当たり前が当たり前として通らない世界と化している。賃金低下が進むように釣果が減少。しかし、こんな不況な世にあっても、少数の勝ち組が存在しているのもまた事実である。状況を冷静に分析し、適確に状況を判断をしてリスクを恐れず勝負に出る……。無謀な一発勝負のギャンブルではなく、自らの信念に基づいた勝負という意味で、バスフィッシングは人生に似ているといえるかもしれない。W.B.S.クラシックは、そんなタフな状況で自分を試すには最高の舞台だといえるだろう。

 第12回W.B.S.プロ・クラシックには20名のアングラーがクオリファイされた。本来であれば22名が出場できるはずが、今年はディフェンディング・チャンピオンである大藪厳太郎さんが年間10位に、スーパー・スリーデイズ2位の松村寛さんが年間7位に入り出場枠が重なっていた。このため、繰り上げ出場ルールのないW.B.S.では、各ボーター枠(トップ15)、ノンボーター枠(トップ3)、スリーデイズ枠(トップ3)から20名をクオリファイさせた。そんな2003年度クラシックで目立ったのが、初出場選手の多さである。ノンボーター選手も含めると7名が初出場。これは全体の35%にあたる。
 
 ところが、今季開催されたシリーズ1戦1戦を見てみると、さほど若手が活躍していたようには見えない。各大会で大ハズしをせずに、そこそこのウエイトを毎回ウエイインできた選手がクラシック・クオリファイをなし遂げた感もある。中嶋美直さんはボーター・ルーキーでありながら目覚ましい成績を残したといえるが、彼以外に若手で際立って印象に残ったアングラーを挙げるのは難しい。中堅アングラーでは松村寛さんが第2戦以降に勢いをつけたが、それでも上の厚い壁をブチ抜けない閉塞状況が続いていた感がある。デビュー当初は新世代と謳われ将来を嘱望されていた松村さんをはじめ、折本隆由さん、蛯原英夫さんたちも、現在では中堅と呼ぶにふさわしくなっている。
 1997年のクラシックでは、当時期待の若手だった西村嘉高さんが優勝しているが、彼も年代別で見るならすでに中堅アングラーの1人だ。彼以降、若手として目立った成績を残したのは大藪厳太郎さんくらいだろう。ゆえに、そろそろフレッシュなクラシック・チャンピオンの誕生に期待したくなってしまう。もちろん、若手にとってはクラシックにクオリファイしたこと自体が快挙ではあるのだが……。ケビン・バンダムやティム・ホートンのようなスーパールーキーの出現も、やはり見てみたいものである。

 W.B.S.13年の歴史の中で発足から5〜6年め以降にデビューしたアングラーやクラシック出場常連組以外のアングラーを“中堅”と表現しているが、彼らの魅力は年齢の若さだけではなく、実力や精神面での成長が著しいと感じられることも多い。いくらクラシックへのクオリファイが決定しても、出場するだけでは意味がない。なにしろ、クラシックは1発勝負なのだ。若手や中堅のアングラーたちには、来シーズン、ベテラン勢が脅威を感じるほどの結果を残してもらいたい。
 それでも年間順位の上位には、W.B.S.創世期から参戦する峯村光浩さん、鳥澤徹さん、狩野敦さん、山田貴之さん、宮本英彦さんなどの超ベテラン勢が含まれている。矛盾しているのは承知だが、若手に頑張ってほしい反面、ベテラン組には高い壁となってもらいたいとも思う。簡単に世代交代がなされては、面白みに欠けてしまうのも事実なのだ。
 クラシックはW.B.S.3大タイトルの1つ。甘い試合にはならない。ましてや、今季は先に書いたように難しいコンディションの中での開催となった。クラシック制覇への道のりは、非常に険しいものだったといえるだろう。
 
 今大会の課題は2つあると言われていた。1つめは、2日間で10kgをマークすること。現在の霞ヶ浦においては、7尾(700gアベレージ)で5kg、あるいは5尾(1000gアベレージ)で5kgがひとつの壁になる。どちらも厳しいが、この壁を破らなければ優勝は遠のいてしまう。2つめは、ハイプレッシャーのコンディションを乗り越えること。晴天が続いた霞ヶ浦であったが、試合1週間前から一気にその形相が変わり、フォールターンオーバーの気配が忍び寄っていた。かつて、W.B.S.ではワンデイで10kgオーバーがウエイインされたことさえある。2日間で10kgという数字は現在の状況がいかに厳しくなっているかを思い知らされると同時に、アングラーたちはノーフィッシュというこれ以上ない恐怖とも闘わなくてはならないのだ。
 
 
 
 
大会初日、どうした山田、蛯原、中嶋!?
初日トップは峯村、2位に大藪


  大会初日、天気は晴れと予報されていた。エリアによって異なるが、この日、霞ヶ浦に陽が差したのはほんの数10分だった。案の定、晴れのパターンを持った選手は迷走を強いられたようだ。現に、「プラクティスで見つけておいたバスがいない」、「いても、バイトしない」、「ベイトフィッシュすら消えた」などという話が多く、水中では急激な変化が発生していたようだ。
 フォールターンオーバーである。全体的に水深が浅い霞ヶ浦だけに、一度水が掻き回されると、中層にいるベイトが大きな影響を受ける。当然、ある程度の湖流や風の当たるショアラインにベイトが移動したと考えられるが、常にカレントのある流入河川でもバスの反応はイマイチだった。特に本湖でビッグフィッシュを追い求めたアングラーは、痛恨のスタートとなったに違いない。
 ビッグフィッシュを持ち帰ると期待されていた山田貴之さん、蛯原英夫さんはノーフィッシュで初日を終えた。また蛯原さんの直系遺伝子を継ぐボータールーキー・中嶋美直さんは1尾(540g)と、クラシックの厳しい洗礼を受けることになった。

 彼らとは正反対に好成績を収めたのは、アングラー・オブ・ザ・イヤーを獲得した峯村光浩さんとディフェンディング・チャンピオンの大藪厳太郎さんだった。峯村さんは朝一番にとある水路に入ると、丸1日そのエリアで時間を過ごしたという。結果、リミットメイクを達成し、6680gをウエイインした。大藪さんは本湖で勝負に出たというが、比較的スモールサイズのバスに悩まされた。1尾のグッドサイズを加えた7尾で5180gをウエイインし、2位につける。
 その他、今季爆発的な人気を博した桜川も1週間前のパターンと異なっていたようだ。松村寛さんや宮本英彦さんをはじめてとしたアングラーが桜川に向かったが、以前ほどの釣果は獲れず、困惑した表情でスケールを見つめた。
 本湖で打ち崩されたアングラーが最終日にどのようなパターンでくるのか。また、トップで折り返した峯村さんは、エリアがバッティングしていた安藤毅さん(初日4位・4尾で3540g)とどう相まみえるのか。初日につまづいたアングラーは、残りの1日をビッグフィッシュに照準を絞ってくる可能性もある。だが、このとき、最終日の天候が崩れるとは誰が予測しただろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
天候不順でバスが活性化!?
峯村光浩、悲願のクラシック初優勝

 
 最終日前夜、茨城県土浦市に雨が降った。アングラーのなかには、どんよりと曇った初日の天候ではバスの活性化に繋がらないため、降水によって水が掻き回されるのを期待した者もいたが、そんな彼らにとっては恵みの雨となった。2日めの朝、昨夜の雨が嘘のように上がっていたが、アングラーが土浦新港から出航するころには、再び降りはじめた。霞ヶ浦北部は気になるほど降らなかったというが、南部では2時間にわたり大雨に見舞われる。しかし、雨が強まる瞬間、弱まる瞬間、止んだ瞬間、太陽が出た瞬間などにバイトが集中したと多数のアングラーが語っている。ということは、バスが確実にステイしているスポットにいたアングラーは、なんらかの反応を得ていたことになる。実際、数名のアングラーが初日に比べ、釣果、サイズアップに成功している。雨は吉と出たのだ。

 初日トップで折り返した峯村さんは、苦痛の表情で最終日を迎えた。昨日1番フライトでスタートした彼は、この日は20番めのフライト。エリアがバッティングしていた安藤毅さんは、初日19番でスタートしていたため、最終日は2番フライト(フライト順が入れかわるルール)。峯村さんは安藤さんがそのエリアに朝一番で入ると予測し、実際、入られたのだった。
 ここは、大会終了後に峯村さんが「あの水路は一番に入れるかどうかが問題」と語ったほどシビアなエリアなのだ。川幅はおよそ6m。峯村さんの20ftのボートがなんとかUターンできるほど。川の全長は数kmに及ぶが、水深が浅くなるため、ビッグサイズのボートで遡れるのはせいぜい3kmほどだろう。ストラクチャーに乏しく、途中、枯れ草のオーバーハングや沈船、水門、流れ込みなどがあるが、一見したところではさほどのポテンシャルを感じない。しかし、両雄は川の真ん中に沈んでいるインビジブル・ストラクチャーの場所を正確に把握しており、それがキモとなっていたのだ。川の規模から考えて、先行者が有利であることは間違いない。
 峯村さんがこのエリアに入り遡っていると、安藤さんと出くわした。このとき峯村さんは「小さいのを3本」持っていた。安藤さんは、すでにリミットメイクを達成していた。初日は峯村さんが先行して遡り、7尾をキャッチ。安藤さんは4尾と低迷した。先行者が断然有利であるのがわかる。
 この時点で峯村さんは「初日が終わったときの目標(2日めに3尾)を獲っていたので、気分的には楽だった」と述べているが、実際にはここからが正念場だった。1尾釣り上げることにラインを結び変えるという彼は、4尾め、5尾めと釣り上げる。ところが、足はガクガクし、指が震えてラインが結べなかったという。自分自身、優勝が近いことを察知していたのだろう。
 1999年に初のAOYを獲得した峯村さんは、今期2回めのAOYに返り咲いた。クラシック出場は今年で7回めを迎えるが、優勝はない。2001年度のクラシックで、彼は初日1位で折り返すも、結果は8位で終わっていた。1999年のクラシックでも初日1位で折り返したが、5位でフィニッシュ。悲願ともいえるクラシック制覇にもっとも近い位置で折り返した今年、三度めの正直を目前にした彼の胸中に去来していたものは何だったのだろうか。
 ファンの期待を一身に背負い、峯村さんは十数年間闘い続けてきた。今では釣行回数も減少したというが、ガイド業で忙しかったころは年間200日以上湖に出ていた。今や2度めのAOYを獲りヒーローとして花開した彼に怖い存在はなかったが、一抹の不安はあった。1尾、1尾とライブウェルにバスを入れるたびに、「今年は本当に勝てるのか。夢じゃないのか」という思いが何度も頭の中をよぎったという。そしてだめ押しの6尾めを追加すると、釣りにならないほど震えがきていたという。
 そんなころ、安藤さんは8尾めをキャッチしていた。ピッチング/フリッピングを繰り返すことで、以前腱鞘炎になった右肘が再び痛みで痺れたころのバイトだった。650gのバスと入れ替えに成功した安藤さんは、13時30分、会場へと船首を向けた。

 安藤毅さんは峯村さんを師匠として崇めているのだが、その師匠に対するべく彼は同じエリアで勝負をしかけた。結果、ノンボーター・オブ・ザ・イヤーの安藤さんは、アングラー・オブ・ザ・イヤーに敗れ、準優勝でクラシックを終えた。
 しかし会場は歓喜で溢れかえったというにはほど遠く、ノンボーター選手の準優勝という事実に誰もが驚愕した。安藤さんのクラシック出場を他力本願と言い切ってしまうのは簡単だ。しかし、彼が精力的なプラクティスをこなし、できる限りの努力をして結果を残したのもまた事実なのである。
 来季、安藤さんは念願のボーターデビューを果たす。1年間を通して霞ヶ浦を駆け回りトップを獲る厳しさを味わうことだろう。だが、今回の準優勝によって、彼の名は多くのベテラン、そして中堅アングラーたちの脳裏に刻まれたはずだ。W.B.S.の黒船として来襲した安藤さんの来期にはぜひとも注目していただきたい。
 
 そして峯村光浩さんは、AOYに続きクラシック優勝で2冠を達成した。
 彼が釣ったエリアに関しては、彼が今季をとおして通い詰めた場所であり、それは他のアングラーもわかっていた。そのため、他のアングラーはあえてそのエリアに入ることなくクラシックを戦った。そのスポーツマンシップは称賛に値する。しかし来季は、そうもいかないだろう。峯村さんが優勝したことで、また “あえて” 1年間立ち入らなかったことで、あの水路は来季、解禁を迎えるだろう。
 峯村さんは「来年は大人しくしています」と謙虚に語ったが、今度は残されたタイトル、スーパー・スリーデイズでも優勝してグランドスラムを目指してほしい。