W.B.S.クラシックが作り出す世界に一歩足を踏み入れて、そこから一体何人のアングラーが自分らしい姿と結果を持って生還できるのか。クラシックの舞台では多くのアングラーがレギュラーの大会では見られないオーラを纏っている。土浦新港でスタートを待つ間も緊張せずにいられたアングラーが、オフィシャル・スタッフのコールで新港を飛び出す瞬間には、クラシック独特の雰囲気に飲み込まれる。冷静でいようと思えば思うほど緊張感が増すという人がいるなかで、安藤毅さんはニコニコしながら「この緊張感が好きなんです。緊張している自分が好きなんです」と朝っぱらから、強心臓っぷりを発揮していた。

 一度踏み入れたら、彷徨いこんで自分本来のペースさえ消失してしまうほど困難な“魔境”とでもいうべき空間、それが安藤さんがメインエリアとした水路だった。安藤さんのボートで遡れるのは河口からおよそ3km。護岸を形成する鉄板で囲まれたこの川の風景は、上流およそ3km地点で水深約80cmとなる。川幅はバスボートがギリギリUターンできるほどで、閉所恐怖症のアングラーならその圧迫感に気が滅入るかもしれない。えんえんと続く同じ景色に、どのスポットで釣れるのかすら記者には予測がつかない。安藤さんと同エリアを“共有した”峯村光浩さんは、丸1日攻めても攻めきれないこの川のベストスポットを心得ているが、1度奧まで遡れば最後。どのあたりでバスがバイトしてもおかしくない雰囲気に、「この水路に入る=(イコール)ここで心中する」覚悟で臨まなくてはならない。これが、この川が魔性の水路と呼ばれる所以なのであろう。
 
 
そんな恐ろしい魔界のなかに飛び込んで生還できるのは、今のところ安藤さんと峯村さんだったのだろう。1日を棒に振る恐怖感や圧迫感を水路の内側から破壊すべく、攻めに攻めまくる釣り。よく「守りの釣り」と表現されるが、この川では守りに入った瞬間、自分のパターンを見失う。それはどこまで行けど景色が変わらない幻惑の世界。気が抜けた瞬間、どこに目指していた水中のストラクチャーがあるのか見過ごしてしまう。水路の呪縛にはまったというべきだろう。この川のパターンには攻守の“守”は存在しない。

痛恨のバラシは、生涯の汚点!?
初日は4位でフィニッシュ


 従来、W.B.S.のクラシックはディフェンディングチャンピオンが1番、AOYアングラーが2番めにスタートしてきた。しかし初日の朝、突然くじ引きでフライト順を決定することが発表され、安藤さんはスタート順19番という、ある意味、“ババ”を引いた。峯村さんは今年1年間、運が味方についているのか、驚愕の1番フライトを引いた。これで峯村さんが一番にあの水路に入るであろうと感じた安藤さんは、マイエリアに一番で入ることはほぼ無理と腹をくくった。スタートした直後から午前8時半までは、石渡、木原を巡る。プラの感触から、この2ヶ所で少なくとも1500gは獲りたいと考えていた。
  安藤さんの凄みは、自ら設定した目標ウエイトを本当に達成してみせるところにある。たとえば、「ここからあのクイに辿り着くまでに2尾釣る予定」であったとすれば、確実に2尾釣り上げる。ところが、この安藤予言も口に出して宣言しておかないと効果がないと本人は言う。事実、初日、彼のメインエリアである水路に移動するまでに廻ったエリアでは宣言していなかったためか、バスは釣れなかった。冗談か本当かはわからないが、移動後は宣言通りに事が展開する。
 “安藤小説”には、「8時半までに2尾、水路で4尾、おまけが釣れればリミット達成」と書かれている。水路に入った時点で安藤さんは「予定が狂いました。2尾獲れなかった。ここでは4尾獲る予定なんですよ」と言うと、宣言通りに釣り上げていった。「2本めの橋までに2尾持ってないとダメなんです」、「折り返す前に3尾釣っておく予定なんです」と語ると、それが絵に描いたように実現していった。すべては、彼の脚本どおりだった。

  峯村さんが使用するであろうルアーはわかっていた。ジャンボグラブ(ジューンバグ)に1/32ozシンカー。これに対抗するために安藤さんがチョイスしたのは、6inカーリーテールワーム(クリアー/ホワイト)のテキサスリグ、そして1/4ozラバージグに4inグラブ(スモーク/ブラック&パープルフレーク)だった。6inワームは、いわばこの水路でよく目撃するベイトフィッシュ(シラウオ)をイミテートしている。ラバージグはスモールシルエットながらも、アピール力に優れている。
 川の規模から考慮して、先行者の後は、格段にバイトが減少する。そんな状況で貴重な4尾を釣り上げるためには、スモールシルエットにこだわること、そして峯村さんが使用しないだろうと思われるワームの形状とカラーを選択しなければならない。
 水路内の水温は本湖に比べ、1℃高かった。高い壁に挟まれているため、本湖を吹き抜けていた風の影響も皆無である。言い換えれば、本湖が荒れれば荒れるほど、このエリアのポテンシャルは上がる。
 この日の水路は普段に比べ濁りが強く、若干ながらターンオーバーの気配があった。ドレインによる水の流れに期待したが、バスを活性化させるほどではなかった。両岸部の水面付近には草が生えている。夏場伸びた草は、気温の低下とともにその勢力をなくし、徐々にオーバーハングになり、真冬には水没する。最後にプラでチェックしたときに元気のあった草も、数日間にわたって起こった急激な気温の低下で、今では所々でレイダウン状態になっていた。
 9時39分、ラインが強く右に走った。沈船の脇からバスが飛び出してバイトしたのか、強烈なフックイングを試みるがバレてしまった。「よし、魚はいる!」。気合いを入れ直した。
 ここで安藤予言が飛び出した。「予定では昼までに2尾、1.5〜2kgを獲らないとダメなんです。2〜3尾で4kgが目標なんですよ」と語る。
 10時10分、ラバージグにバイト。この日の初バスはおよそ800gのグッドコンディションだった。その後30分の間に2フィッシュを釣り上げた。驚くなかれ、このうちの1尾は、TV通販で売られていたあのフライング・ルアーだった。またその後、すぐに3度のバイトがあったがバレてしまった。だが皮肉にも、招かれざる客・ニゴイのランディングは見事に成功した……。
 11時29分、上流から峯村さんが向かってくる。まだ小さくしか見えない峯村さんだったが、ロッドがしなっている。水揚げされたバスは大きい。ゆうに1kgはあるバスだった。峯村さんは6尾めを追加した。

  同じように釣っていて何がそんなに釣果を左右させたのか。先行すれば、それだけ釣れるというのか。ルアーなのか。しかし、安藤さんはあえて峯村さんと異なるルアーやカラーをチョイスで闘いに挑んでいる。他になにが違うのか。キャリアか、実績か……。言葉で表現できない圧力がのしかかっていた。峯村さんとすれ違ってからの安藤さんは、まったく別のアングラーに見えた。スローなアプローチに切り替えていた。エレキを踏むのさえ最小限に押さえ、とにかく静かに川岸を撃ち続けた。このとき彼の中はクラシック優勝というより「峯村さんに釣れて、自分に釣れない歯がゆさ」があったという。
   
   
   
 
 この日、最悪の出来事として安藤さんを襲ったのは、ラインブレイクだった。ここ半年くらいはバラすことすら稀という彼が、今日はすでに数回にわたってバラしていた。そしてラインブレイク。この数尾のバスが後に大きなハンデとなる。
 初日は4尾で3540g。満足できる成績ではないが、他のアングラーが低迷したことから4位で折り返せた。あのミスがなければ、5kgには到達していたはず。峯村さんは7尾で6680g。トップで最終日を迎える。
 安藤さんは悔やみきれず、やけ酒をあおってベッドに入った。

安藤小説エピソード1、終結。
エピソード2は来シーズン公開予定……

 安藤さんは、釣果の伸び悩みは天候にあると推測した(もちろん、バラシも原因だが……)。川幅の狭いあの水路でも、曇り空の下ではバスがストラクチャーから離れてしまっている。できれば、雨が降ってほしい。雨が降って本湖がさらにタフになれば、閉鎖水域であるこの水路が活きる。そんな願いでいっぱいだった。

 記者は晴れ男として有名で、取材日に雨が降ったこと、少なくとも私がカメラを構えているときに雨が降ったことはない。天気予報でも試合最終日は晴れと伝えられていたこともあり、最終日は晴れるだろうと確信していた。ところが、安藤小説には、雨が降ると記されていた。
 「明日は降りますよ」と安藤さんが語る。
 「でも、晴れって聞いてますよ」。
 「それが降るんですよ」。
 当日は見事に降り、しかも大雨だった。

 最終日のフライトは2番。この日は、一番に川に入った。
 安藤さんがこの川にこだわった理由は1つ。2年半前から「1つのエリアくらいは自分のものにしたい」と思い通い続け、くまなくプラをこなしてきた。彼は今回のクラシックでトータル12尾のバスを釣るわけだが、そのうち8尾は川岸から離れた水路中央部に沈むインビジブル・ストラクチャーから釣り上げている。両岸にピッチングすることはシロウトでもできる展開であって、それをやっていたら、試合時間だけでは撃ちきれない。沈みモノの位置を知らずにこの水路に入るのは自殺行為なのだ。そのパターンを生かせたのは、長い時間をかけてプラを重ねた功績だったと言っていいだろう。

 午前8時20分。安藤さんが2日め最初のタバコに火をつけた。「釣りのときは、たくさん吸う」という彼が、6時3分に釣りをスタートしてまだ1度もタバコに手を伸ばしていなかったのだ。その集中力の甲斐があってか、この時点ですでに3尾を釣り上げていた。
 最終日のキモとなったのは、雨の強弱にあった。大雨→中雨→小雨→曇り→風→太陽と目まぐるしく天候が変わる瞬間にバイトが集中した。この日は1度もバラすことなく8バイト、8フィッシュをランディングした。
 終始、安藤さんが気にかけていたのは風だった。この川のいいところは、風裏となること。北東の風が吹いたときに、最高の結果が生まれる。だが、無風なためにバスの活性も上がらないのが欠点でもある。基本的に釣りにくい場所なのだ。そんなときこそ、微風が吹いた瞬間に沈みモノの場所を知っているか否かが結果を大きく左右する。
 太陽が出た11時49分。「よし、これからだ!」と気合いを入れた。この時点で7尾を持っていたが、自分にハッパをかけることで、峯村さんに勝負を挑んだ。安藤さんは決して賞金がほしかったわけではなく、ウイナーズプレートがほしかったわけでもない。彼が求めたものは、アングラーとしての自信、そして仲間からの信頼や認知だった。一人のアングラーとして、敵視されるほどの存在になりたかったのだ。W.B.S.の会場では、同じ駐艇場にボートを預ける者同士で集まる傾向がある。安藤さんはV6マリーンに駐艇しているが、ボーターで同マリーナに駐提する者は彼以外に1人もいない。そのため言い方は悪いが、ある意味、彼は孤立状態にある。マリーナが違うということは、仲間と顔を合わせる機会が少ないだけでなく、情報交換の機会も少なくなる。そんな安藤さんが求めたもの、それはわだかまりを越えた信頼関係であり、心の拠り所だったのではないだろうか。だからこそ、優勝することを誰よりも渇望していたのだろう。
 7尾のバスが入ったバッグを検量に渡す。7フィッシュ6アライブ、ペナルティーを受けて6070gのウエイインとなった。2日めのウエイトだけで見ればトップである。ところが、峯村さんは5250gをウエイインし、まさに余裕の優勝劇を演じた。
 これがアングラー・オブ・ザ・イヤーを獲得した者の強さなのか。安藤さんは、悔しさに粉砕された。
 安藤小説のエピソード1は、大海原へと飛び出した小舟がクラシックという小宇宙で峯村さんと激突することではじまり、有終の美を飾ることなく同じ大陸へ帰着する結末だった。ファンタジーとリアリティーが交差すた幻想的なドラマだったが、ハッピーエンドで幕を閉じられなかった。しかしボーターとして闘った自信は、新大陸発見に値した。
 この日の敗北で安藤さんが失ったものなど何ひとつない。確かに、負けは負けだが、プロの厳しさや難しさを学んだという点では、優勝する以上に得たものは大きい。今クラシックで準優勝したという実績が現実味ある輝きを放つのは、今後の活躍に託された。来シーズン、念願のボーターとしてデビューを飾る安藤小説の新たなるエピソードのはじまりに、心から期待したいものだ。