びわ湖の日:あす30周年 暮らし支える生態系回復 暮らし支えた外来魚駆除/滋賀

 ◇「加工と流通、変革を」 環境保全を進めようと県が81年に制定した「びわ湖の日」が7月1日で30周年を迎える。赤潮問題とせっけん運動、湖底の低酸素化、水草の異常繁茂--。琵琶湖に暮らす漁師の姿から関西圏1400万人の水源「マザーレイク」の移ろいを追った。

 28日午前5時。大津市下阪本の若宮漁港を出発した漁船は、水草をかき分けた“航路”を進み、沖合約1キロのエリについた。魚の習性を利用した定置網漁。網をたぐり上げると小さなアユとブルーギルが無数に跳びはね、その下にぬっと大きな魚影が現れた。40センチほどのブラックバス。タモですくい上げた大津漁協組合長の〓飼(うかい)広之さん(51)は「大半は外来魚。7、8年前は300キロくらい捕れたが、今は半分もない」と話した。
 網にかかる外来魚が急増したのは85年ごろ。沿岸で産卵するニゴロブナやホンモロコなどが食べられて激減し、漁師らの収入は外来魚の駆除を進める県の助成金が中心になった。駆除の効果で収量は減少傾向にあるが、〓飼さんは「県の制度がなければ漁師は続けられなかった。漁師がいなくなれば生態系はもっと崩れていただろう」と話す。
 だが、ボテジャコと呼ぶ小魚はタナゴからブルーギルに代わった。捕れた小アユをより分けながら、〓飼さんは「漁師も変わっていかなくては」と語る。漁具が進歩し収量は増えたが、漁獲資源は放流に頼るのが実情。漁師の高齢化も進み、若手の育成も必要だ。
 「たくさん捕って売りさばく時代ではない。加工と流通の変革を」。〓飼さんらは仲間に呼び掛け、研究者らと「新商品」の開発の模索を始めた。「若い県民の何人が琵琶湖のアユの味を知っているだろう。魚をつかみ、味わって身近な琵琶湖を取り戻したい」。未来の琵琶湖の担い手へ、願いを込めて漁を続ける。【安部拓輝】
 ◇水質回復も、基準未達成多く 漁獲量は減少一途、食害も
 マザーレイク21計画で「昭和40年代前半レベル」が目標とされた琵琶湖の水質。この30年、赤潮の要因となるリンが減少し、透明度も緩やかに上昇するなど、着実に改善されてきた。ただし、県の調査によると、北湖のリンを除く水質項目の多くは、環境基準が未達成のままだ。
 項目の中で注目されるのは、汚濁の指標の化学的酸素要求量(COD)。79年度の観測開始以降、85年度から上昇に転じ、改善の兆しが見えない。微生物では分解されにくい有機物の増加が疑われるが、発生源や物質の特定を含め、不明な点が多いという。
 湖底の酸素濃度(DO)も課題だ。水温が下がる冬場に湖水が循環する「琵琶湖の深呼吸」を経て、底層に酸素が供給されるが、近年、DOの低下や「深呼吸」の遅れが出現するようになり、底生生物への悪影響が懸念されている。
 滋賀農政事務所の統計によると、30年前に5000トン前後で推移した魚介類の漁獲量は減少の一途で、09年は1560トンにまで減少。外来魚と水鳥のカワウによる食害も深刻で、捕食量は年間で計約4500トンと試算され、漁獲量を大きく上回っている。
 更に、いまだに収束しない福島第1原発事故に伴い、原発事故による琵琶湖の放射能汚染が起きた場合にいかに対応するかも、急務の課題として浮上している。【姜弘修】
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 ◇琵琶湖保全の歩み◇
1977年 合成洗剤追放全国集会を大津市で開催
 78年 「びわ湖を守る粉石けん使用推進県民運動」県連絡会議結成
 80年 琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例(琵琶湖条例)施行
 81年 7月1日を「びわ湖の日」とする
 84年 第1回世界湖沼環境会議を大津市で開催
 88年 「よみがえれ琵琶湖」署名運動
 92年 ごみ散乱防止条例を施行
 93年 琵琶湖がラムサール条約の登録湿地に
 96年 生活排水対策推進条例(みずすまし条例)など3条例施行
2000年 マザーレイク21計画を策定
 03年 琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例を施行
 06年 国際湿地再生シンポジウムで「湿地再生琵琶湖宣言」採択
 11年 びわ湖の日30周年、マザーレイク計画を改定

6月30日朝刊

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